尾道正家 | 三原正家

天平時代から千三百年つづく尾道の旧家其阿彌家。備後三原派の刀匠や刀鍛冶に関する歴史的資料を公開している公式サイトです。

三原刀匠正家の鍛冶屋敷及び鍛刀に使用した井戸、そして墓に関する文献資料として、文政二年 西暦一八一九年芸州藩が、東野村に命じて村勢を報告させた『國郡志御用ニ付下しらへ書出帳』 三原御城下、御調郡東野村 の項によると、一、古跡、正家屋鋪『平原与申所ニ刀鍛冶正家住候跡之由申伝候、同所の西、石風呂新開の上ハ手ニ清水有り、正家遣ひ申水之由ニ御坐候』 一、古墳、古墓三つ『五輪原与申所ニ御坐候、平原刀鍛冶之墳之由申伝候』 と書かれています。 注意 芸州藩とは、安芸國と備後國の半國、尾道までを広島浅野家が統括した名称で、明治維新まで続きます。御調郡東野村は、現在の三原市糸崎町で、平原とは、三原市糸崎町にあるJR山陽本線糸崎駅前の丘の付近のことです。

正家の井戸 鍛冶屋敷跡
備後鍛冶六代正家(三原刀匠正家)は、〝たたら〟と呼ばれる粘土で作った炉の中で、送風装置の〝ふいご〟を使って木炭を燃やしている間に赤目砂鉄を入れて鉄(玉鋼)を作り、その玉鋼(たまはがね)と水を使って刀を作りました