尾道正家 | 三原正家

天平時代から千三百年つづく尾道の旧家 其阿彌家 三原派の刀匠や刀鍛冶に関する歴史的資料を公開している公式サイトです。

※大和守(受領銘ずりょうめい
刀工が朝廷から授けられた国司などの官職名を自分の作品に彫り込んだもので、畿内の大和国は人気がありました。新刀期の刀工が許されたのは、「守」、「介」と「掾」でした。受領銘は出身地と関係がなく、また、刀工が許可される受領銘は名目上のものでしたが、自身の名誉と作品の付加価値を高める目的があり、朝廷にとっても授与の返礼として納められる金品が貴重な収入源でした。

備州福山住大和守藤原正氏作 慶長新刀 2尺3寸5分 71.4cm

この刀は、五阿弥清九郎正氏の弟の後裔である二代目正氏、江戸時代初期の寛永の頃(1624年-1644年)の作と考えられます。また、初めは備後国三原で刀を作っていましたが、後に尾道の隣の城下町福山に移って作ったものと思われます。
なお、貝三原正近の末裔(新刀辮疑では備後国三原正近流)が播州姫路に移住するなど、天正あたり(1573年頃)になると尾道、三原から各地に移動して三原派の刀作りが始まりました。

令和2年(2020年)10月1日

小早川隆景の三原城築城により、天正の頃になると三原派の五阿弥正氏、正命が尾道から三原城下に移住して刀作りを始めました。