尾道正家 | 三原正家

天平時代から千三百年つづく尾道の旧家其阿彌家。備後三原派の刀匠や刀鍛冶に関する歴史的資料を公開している公式サイトです。

太閤御座之間~尾道本陣間取図~ 太閤秀吉公、文禄元年三月朝鮮征伐の時、肥前名護屋へ御下向ありて同年七月下旬大坂に御帰陣の折、尾道の笠岡屋二代小川又左衛門邸の本陣上段御座の間に、御滞座あり 上段、上々段の障壁画は、狩野永徳の画のよし 此時、千光寺山麓の柳水井の水を茶の湯の水として、秀吉公に差上しと云 太閤ゆかりのお茶の水とは、この名水のことなり 文化十四年の大火により、本陣、御座之間ともに焼失す
文化13年(1816年)の記録によると、当時の尾道本陣には、秀吉が休んだ八畳の座敷〝御座の間〟があり、その張り付けは、狩野永徳の絵であったと伝えられています